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片山弁護士のチラシの裏

 弁護士の業界ネタ,時事問題,読書の感想その他思いついたことを適当に書いていきます。チラシの裏の落書きと思って気軽にお付き合い下さい。以前,別のサイトでブログを掲載していましたが,このたび当事務所のHPでの掲載に変更しました。同じ内容の記事もありますが,再編集してから掲載しますので,暇つぶしにでも読んでいただけると幸せます。


令和元年9月24日 下関に来たのはなぜか?

  私は,下関へのIターン組です。自己紹介をすると,十中八九「なぜ埼玉から下関に来たのですか?」と聞かれます。最初にこの点からお話ししましょう。

 弁護士になるには,司法試験に合格する必要があります。司法試験合格後,直ちに弁護士になるのではなく,司法修習生として1年間の研修があります。私のころは(合格した年代により制度が違います。),10か月間全国に散らばり実務修習という現場研修を行います。最後の2か月間は集合修習といって,司法研修所(埼玉県和光市)で起案と座学に明け暮れます(集合修習は嫌な思い出ばかりです・・・。)

 さて,10か月間の実務修習の行き先をどう決めるかというと,司法研修所が修習生に一応希望地を聞いてから抽選と言われています。希望は,第1希望から第6希望まで記入することができました。東京,さいたま,千葉,神奈川といった関東近県は例年人気があります。他方で那覇や札幌なども人気があります。

 私は,やはり生まれ育ったさいたまに愛着があったので,関東地方だけ選択して希望地に記入し提出しました。

 抽選の結果(?),実務修習地は山口になりました。関東地方から外れるばかりでなく,東海,近畿,中国地方をまたいで本州の西端です。それまで人生で最大の衝撃を受けました。良い意味で大組織の中では個人の意思や希望は踏み潰されるものだということを思い知らされました。

 山口での生活に慣れると,かえって東京の雑踏が嫌になりました。特に,満員電車の通勤地獄が心底嫌になりました。そこで,さいたま市内の自宅から満員電車に乗らずに通勤できる法律事務所に就職したいと就職活動をしましたが,すべて不採用になりました。

 当時の弁護士の就職活動は極端な買い手市場で,30くらいの事務所に履歴書を送っても,「不採用」のメールがかえってくるのが2,3社で,あとは全くの無視です。落ちたかどうかも分かりません。封も開けずにシュレッターに直行でしょう。

 ある時,コペルニクス的発想の転換を思いつきました。

 自宅から通えるところに就職できないなら,就職先から通えるところに自宅を移せばよい。

 そう思って,体がなじみつつあった山口で就職先を探したところ,修習先の先生や司法修習委員会の先生方ご紹介もあって,下関の若松先生(現 オーシャンズ若松法律事務所所長)に拾っていただきました。

 下関で生活をし始めたところ,非常に居心地が良いため,居着く決心をして現在に至っています。